保存車めぐりの記録

ようこそいらっしゃいました。 保存・放置鉄道車両巡りがメインのブログです。

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場所:岡山県津山市大谷
交通:津山駅から徒歩10分
営業:9時~16時。月曜と年末年始休館。

「津山まなびの鉄道館」は津山駅構内に開設された博物館です。
構内に残されていた扇形庫の庫内に、14両の車両が保存されています。

扇形庫内は立入禁止となっているため、車両の見学は屋外からとなります。そのため、いずれの車両も前面以外は近くから観察することはできず、車内見学もできなくなっています。

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DD16-304。

DE10やDD13が入線できない簡易線向けのディーゼル機関車です。1971年(昭和46年)から65両が製造されました。

この車両は1983年(昭和58年)にラッセル式除雪ヘッドを取り付ける改造を受け、300番台となりました。改造後は大糸線の除雪列車として使用され、2015年(平成27年)まで活躍しました。

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ラッセルヘッドの取り付けによって、全長36メートルもの堂々とした姿となりました(機関車本体の全長は約12メートル)。両側に取り付けられていたラッセルヘッドのうち、片側のみが付けられた状態で保存されています。

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DE50-1。

新開発の大出力エンジンと変速器の採用により、エンジンは1機のみとしながら本線用として使用するために開発された機関車です。1970年(昭和45年)に製造されました。

DE10に似たセミセンターキャブ型の車体ですが、本線用のため2つある運転席はそれぞれ前方を向いて配置され(DE10はレール方向)、さらに運転台は機関車には珍しく気動車や電車のように左手が主観制御器、右手がブレーキ弁となっています。

ほどなく幹線の電化が進んだことや、その後の機関車自体の削減計画などの影響で量産化されることは無く、製造はこの1両のみで終わりました。

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協三工業製の10t貨車移動機です。
貨物取扱駅や車両工場ではおなじみの存在ですが、最近は姿を見る機会も少なくなりました。

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DD51-1187。

DD51は言わずと知れた本線用デーゼル機関車の決定版です。この車両はブレーキ、力行ともに総括制御ができる「全重連型」です。

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DD15-30。

DD13をベースに除雪用ラッセルヘッドを取り付けた車両です。1962年(昭和47年)から50両が製造され、主に北陸本線で使用されました。

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DD13-638。

国鉄を代表する入換用ディーゼル機関車です。貨物輸送の削減によって国鉄末期に急速に廃車が進んだため、JR各社には1両も継承されませんでした。しかし国鉄からの譲渡機や同型機が複数の私鉄や臨海鉄道で現役で使用されています。

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DF50-18。

DF50は日本で最初に量産されたディーゼル機関車です。エンジンを動力にいったん発電機を回し、モーターで駆動する「電気式」です。

まだ国内産の大出力エンジンが開発途上であったため、スイスSULZER社と西ドイツMAN社、2種類のエンジンを国内でライセンス生産して使用されました。

1957年(昭和32年)に登場し、北海道を除く全国で使用されました。しかし本線用としてはやや非力であったため、後継機のDD51が登場したあとは日豊本線や山陰本線、四国各線などの亜幹線での仕事が主になりました。SLに代わる主役としての地位は長く続きませんでした。

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D51-2。

1,000両以上が造られたデゴイチの中でもごく初期の車両で、1936年(昭和15年)の製造です。廃車後大阪の交通科学館で保存されてきました。

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キハ52-115。

国鉄のローカル線の顔といえる一般型気動車キハ20をベースに急こう配にも耐えられるようエンジンを2台とした車両です。床下スペースの関係で車体長がキハ58などと同じ21.5メートルに伸びています。(キハ20は20メートル)

この115号車はJR各社で最後のキハ20系として大糸線に残った3両のうちの1両で、2010年まで使用されました。

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キハ28-2329。

国鉄のディーゼル急行の決定版となったキハ58系の1エンジンタイプの車両です。

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キハ58-563。

同じく急行型キハ58系で、こちらは2エンジンの車両です。2両とも2007年までは広島に配置され、芸備線の急行「みよし」に使用されました。「みよし」廃止後は国鉄急行色に復元のうえ岡山に転属し、イベント列車を中心に活躍しました。

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キハ181-12。

こう配の急な線区でも速達列車を運転することを目的に、大出力エンジンを備えて登場した特急型気動車です。1968年(昭和43年)10月のダイヤ改正、いわゆるヨンサントオにて特急「つばさ」(上野~秋田)でデビューしました。
この12号車も当初は尾久客車区に配置され、「つばさ」に使用されました。

当初は北海道以外の全国で活躍しましたが、電化の進捗により、昭和50年代からはおもに中国・四国地方で使用されました。

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キハ33-1001。

50系客車を気動車に改造した車両です。1988年(昭和63年)に2両製造され、境港線と山陰線で使用されました。

製造当時、ローカル線のワンマン化や短編成化で単行運転用の気動車の需要が高まっていた一方で、50系客車は経年が浅いにもかかわらず大量の余剰車が発生していました。そのため、ふたつの問題を一挙に解決する手法として考案されました。

製造にあたってはコスト低減が重視され、車体は種車のオハ50-5のものをほぼそのまま活用しているほか、台車や変速機は廃車発生品、クーラーはバス用を一部改良して使用しています。ただしエンジンについては新品が用意されました。
トイレがないため1000番台を名乗りますが、0番台車は存在しません。

当初はさらに増備することを見越していたようですが、結局これ以降造られることはなく、2両のみの少数形式となりました。

2010年(平成22年)に廃車となり、1001号が津山で保存された一方、もう1両の1002号車は解体処分されました。

※参考資料:鉄道ピクトリアル1988年10月号(キハ33落成記事)
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