保存車めぐりの記録

ようこそいらっしゃいました。 保存・放置鉄道車両巡りがメインのブログです。

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場所:大阪市住之江区緑木1-4-160
交通:北加賀屋駅から徒歩7分
見学:秋の公開イベントにて
(撮影:2016年11月)

大阪地下鉄の緑木検車場には、地下鉄や市電の歴代車両が保存されています。
通常は非公開ですが、毎年秋に開催される公開イベントで見学することができます。

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100形105号車です。
1933年(昭和8年)、大阪の地下鉄最初の開業区間、梅田~心斎橋間の開業用に製造された車両です。

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南港ポートタウン線、通称ニュートラムの初代車両100系の101-06号車です。
ニュートラム第一期区間の住之江公園~中ふ頭間の開通に備え、1981年(昭和56年)に製造されました。新潟鐵工製です。

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地下鉄30系の3062号車です。

この車両は、元は30系のベースとなった7000系の第1号車7001号で、谷町線の東梅田~谷町四丁目間の開業に合わせ1967年(昭和42年)に製造されました。

制御電動車で、主制御器や主抵抗器を備えています。同じく制御電動車の8000形(こちらはMGやコンプレッサーを装備)と2両を組み、当初は谷町線と中央線で使用されました。

1969年(昭和54年)に御堂筋線へ転属すると同時に30系へ編入され3094号となり、さらに後年四ツ橋線への再転属に伴い3062号となりました。

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10系1104号車の前頭部。04編成は10系未更新車では最後まで残りました。

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検車場の片隅に「市電保存館」があります。

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復元2階建て電車の5号車です。

1953年(昭和28年)、大阪市電創業50周年を記念して、明治時代に存在した2階建て電車を復元しました。
種車は1923年(大正12年)製の701形720号で、機器類や台車は明治時代のオリジナルとは異なりますが、車体については忠実に復元されているそうです。

2階建て電車は市電の開業にあたって客寄せの為に発案されたもので、1903年(明治36年)に1両(5号)が導入されました。さらに1906年(明治39年)には2両(9・10号)が追加製造されましたが、1911年(明治44年)には早くも廃車となり、松山電気軌道に譲渡されました。

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11形30号車です。

この車両は、1940年(昭和15年)の称号改正で201形285号車となっていた車両で、1912年(明治45年)に梅鉢鉄工所で製造されました。車号が30となっているのは昭和30年に復元されたためだそうです。

11形は1908年(明治41年)から1912年(明治45年)にかけて280両を製造。さらに南海電鉄から引き継いだ同型30両(291形)を合わせ、310両が在籍しました。

1923年(大正12年)に関東大震災で大きな被害が出た横浜市電を始め、各地への譲渡(うち10両は中国東北部の新京へ)や、戦災で焼失した車両もあって数を減らし、終戦時は6両のみが残りました。全廃は1951年(昭和26年)です。

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501形528号です。
1911年(明治44年)に天野車両で製造されました。

501形は当時としては画期的な大型車で、大阪市電初のボギー車です。台車は大車輪と小車輪を組み合わせた「マキシマムトラクション」で、米国ブリル社製です。また、空気ブレーキも大阪市電としては初めて採用されています。

1911年(明治44年)から1913年(大正2年)までに100両が製造され、1951年(昭和26年)まで使用されました。

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1601形1644号です。

1601形は大阪市電初の鋼製ボギー車で、1928年(昭和3年)から翌年にかけて100両が製造されました。「大阪市電型」と呼ばれる独自設計の台車を履いています。

この1644号車は1699号として製造され、昭和20年3月13日の大阪大空襲で被災しました。しかし1948年(昭和23年)に復旧され、翌年には1644号に改番されています。

1601形は半数以上の56両が戦災で被災しましたが、復活したのはこの1644号1両のみです。

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3001形のラストナンバー、3050号です。

3001形は1956年(昭和31年)に50両が製造された大阪市電最後の新造車で、1950年代に各地で登場した高性能路面電車、通称和製PCCカーの一形式です。

多くの新技術が取り入れられた意欲作ですが、製造から13年後の1969年(昭和44年)に市電の全線廃止を迎えると、ほとんどの車両はそのまま解体処分されました。

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散水車の25号です。

まだ道路の舗装が完全でなかった時代は、道路に撒きあがる砂塵を抑えるために散水車が必要でした。
大阪市電の散水車は、1910年(明治43年)から1929年(昭和4年)までに1号~30号が造られました。

25号車は1925年(大正14年)製で、電動機と制御器はG・E社製で、台車はブリル製、タンク容量は8.1㎥です。散水車としては1938年(昭和13年)まで使用されました。
その後、戦時中に営業車へと改造予定であったものの資材不足で中止となり、そのままの姿で残されていました。

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大阪市電創業当時の台車です。1901年(明治34年)にドイツのヘルブランド社で製造されました。

市電第一期線(花園橋~築港)で1号車に使用され、二階建て電車でも使用されました。二階建て電車5号の前頭部のみが復元されていることから、オリジナルの5号車で使用されていたものと思われます。
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※参考文献:大阪市電・路面電車66年の記録(鉄道史資料保存会発行)、鉄道ピクトリアル1993年12月臨時増刊号「大阪市交通局」

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