保存車めぐりの記録

ようこそいらっしゃいました。 保存・放置鉄道車両巡りがメインのブログです。

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場所:福岡県北九州市門司区清滝2-3-29
交通:門司港駅下車
営業:9時~17時(入館は16:30まで)。大人300円。第2水曜定休(8月を除く)

鹿児島本線の起点、門司港駅に隣接する鉄道博物館です。九州で活躍した歴代車両が保存展示されています。

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9600形の59634号です。

九州でも多く活躍した9600形ですが、この車両は東北地方で長く活躍したあと1974年に後藤寺に転属してきました。筑豊での活躍は1年ほどであったため、九州の9600形特有の装備がほとんどなく、9600形としては標準的な姿をした車両です。

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C59-1。

C53の後継モデルとして製造された急行用大型機です。C53やC62と同じ直径1.75mの大きな動輪を持つ強力機で、製造当初から東海道線と山陽線の急行列車を牽引しました。

しかし動輪の軸重が16t越と重いために走行できる線区が一部の主要幹線に限られたことが仇となり、戦後電化が推進されると余剰が発生しました。

この1号機は東海道線の電化に伴い九州へ転入しました。鹿児島本線の優等列車に使用されましたが、熊本までの電化が完成すると転用先が無くなり、1965年には廃車となりました。

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油でしっかりと磨かれ、さながら現役機のようです。

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EF10-35です。

EF10は貨物用の大型電気機関車としては初めて純国産となった形式で、1934年から製造されました。関門トンネルの開通とともに多くが投入され、この35号機を含む5両は塩害対策として車体がステンレスに張り替えられています。

1961年に九州側が交流電化されると関門トンネルからは撤退し、この35号機は末期は飯田線で使用されました。廃車は1978年です。

EF10形としては唯一現存する車両です。

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ED72-1です。

門司港~久留米間の電化用として1961年に製造されました。九州初の交流電気機関車です。

貨物列車からブルートレインまで幅広く使用されましたが、重量の関係で運用線区が北部九州地区に限られたことや保守が複雑であったことで活躍は長くなく、後継のED76が登場すると順次廃車となりました。

この1号機の活躍は15年ほどで、1976年に廃車となりました。

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キハ07-41。

キハ07形はギアを手動で変速する「機械式」のガソリンカーで、1935年から製造されました。それまでの気動車に比べて車体が大型となったことと当時流行の流線型の前頭部が特徴です。
戦前の気動車としては決定版といえる形式で、62両が製造されました。

国鉄では1970年までに引退しましたが、民鉄に譲渡された車両のなかには近年まで稼働していたものもあります。

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運転台。自動車のような変速レバーがあるのが特徴です。他車との総括制御はできないため、2両以上で運転する場合は各車両に運転士が乗務し、先頭車からのブザー合図でギアを変えていきます。

戦後にガソリンエンジンからディーゼルエンジンへの載せ替えが実施され、さらに機械式から液体式に改造される車両もありましたが、この車両は廃車まで機械式のまま使用されました。

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戦前の車両らしく内装には木材が多用されています。

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クハ481-603。

国鉄時代から全国の電化線区で活躍した特急型電車485系(481系)です。この車両はグリーン車のクロ481-5として製造され、当初は東北本線で使用されました。国鉄末期に九州に転入し、その際に普通車に格下げ改造されました。

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グリーン車時代の名残で窓の幅が一般的な485系よりも狭くなっており、席と位置が合っていません。九州でも多く活躍した485系ですが、その中でもマニアックな車両を選んで残したものだと思います。

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クハネ581-8(クハ715-1)。

1967年に登場した、座席車、寝台車どちらにも使用できる系列です。昼夜問わず運転できるため、在来線に長距離列車が多かった当時としては車両運用の効率化に貢献しました。
しかし国鉄末期には寝台列車の削減で余剰が発生したため、多くが普通列車用に改造されました。この車両も715系のクハ715-1となり、主に長崎本線や佐世保線の普通列車に使用されました。

581系は山陽新幹線の開業までは九州にも多く乗り入れましたが、JR九州には継承されませんでした。そのため、代わりに普通列車改造車を保存することになったようです。

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増設された扉や扉付近のロングシート、洗面所の撤去跡など、車内はほぼ715系に改造されたあとの状態です。

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クハネ581は京都鉄道博物館に寝台設備を残したままの車両が保存されており、改造車であるこの車両の希少性はやや劣るように思います。

いっそ車号や塗装を715系時代のものに戻し、寝台電車から近郊型電車に改造された珍しい例として保存するのも一興ではないでしょうか。

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スハネフ14-11。

九州にも多く乗り入れた寝台客車です。14系は分割が容易なため、途中駅で分割する「さくら」、「みずほ」などで使用され、末期は「富士」、「はやぶさ」として九州ブルトレ全廃まで使用されました。

この車両はブルトレ廃止後も廃車とならず、稀に臨時列車に使用されていました。2013年4月より小倉工場で整備を受け、同年8月から展示が開始されました。

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内装は引退当時のままで、座席モケットが九州オリジナルのものに交換されています。

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こちらは屋内に展示されている車両です。

この車両は九州で初めて鉄道を開業させた九州鉄道が設計したもので、1909年に鉄道院チブ37号として製造されました。1929年には耶馬溪鉄道(後の大分交通耶馬溪線)に譲渡され、廃車後は大分県中津市のレストランで利用されていました。

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こちらはエントランス横に保存されている前頭部です。
左からクハ481-246、ED76-1、EF30-3です。いずれの車両も運転台を見学することができます。

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このほか、セラ1形のセラ1239が保存されています。
セラ1形は九州地区専用の石炭車で、4,000両以上が活躍しました。
が、写真については撮り損ねてしまいました。申し訳ありません。
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