保存車とB級鉄道

ようこそいらっしゃいました。当ブログでは保存車や鉄道をフィーチャーしたマイナースポットを紹介していきたいと思います。 てっぱくやリニア館、SLみなかみ号などのメジャーどころについては他をあたってください。

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年に一度の、京急久里浜工場(京急ファインテック久里浜事業所)の公開にやってきました。同じ目的の乗客がドッとホームに降ります。かなりの混雑です。

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正門を入ってしばらく歩くと、2両の保存車があります。例年は車内公開もしていますが、今年は外観のみでした。

こちらのデ51形は、京急の前身京浜電気鉄道が、大正14年の北品川~高輪間開業を前に、東京市電への乗り入れが可能な車両として前年の大正13年から製造された形式で、京浜電気鉄道最初の鋼製車体電車です。

昭和6年には浦賀・逗子~日ノ出町まで開業していた湘南電気鉄道と野毛山トンネルの供用と同時に横浜以南で直通運転、昭和8年には京浜電鉄全線が湘南電鉄に合わせて標準軌(1,435m)に改軌され、軌間の異なる都電への乗り入れは実現せず、デ51形が本来目的としていた東京都心への乗り入れはなりませんでした。

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昭和53年に、京急創立80周年(明治31年の大師電気鉄道創立)記念として原型に復元されたとのこと。

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こちらは、元湘南電気鉄道デ1形で、後の京急230形です。1号の表記ですが、湘南時代はデ18、京急ではデハ248でした。デ51と同様に昭和53年に原型に復元されたものです。

当時は、京浜電気鉄道・湘南電気鉄道・東京地下鉄道(銀座線の新橋以北)の3社の合弁会社、京浜地下鉄道株式会社による新橋への地下鉄建設と東京地下鉄道への直通計画があり、そのため車体寸法は地下鉄に準拠したもので、台車には集電靴取り付け準備がなされていました。

が、東急の創業者五島慶太の京浜電鉄・東京地下鉄道両社の株式買い占による乗っ取り工作のゴタゴタからの戦時体制下の京浜地下鉄道•東京地下鉄道両社の営団地下鉄への統合吸収を経て、都心方面への延伸は戦後の都営浅草線の開業まで持ち越されました。よって、デ51同様に都心への乗り入れはなりませんでした。

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湘南電鉄時代の銘板とサボが再現されています。

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